七話 休憩所
準備をすると言っても何をしたらいいのか分からない。一人になった空間で考えていると、俺の声に引き寄せられるように、ロロンが顔を出していた。半分出ているのに、もう半分は空間の亀裂の間に隠しているようだった。 「何で隠れているんだよ。後ろめたい事でもあるのか?」 ロロンを揺さぶる事が出来るとは思っていない。それでも最初の説明が少なすぎて、腹が立っていた。サポートシステムならもう少し助言してくれたらいいのに。俺の言いたい事を理解しているようで、オドオドとこちらを見つめている。 「……怒らないから、出てこい」 「呼ばれて飛んでいくジャジャジャーン! 皆大好きロロンだよ〜」 光の妖精のように登場してきたロロンは、嬉しそうにはしゃいでいるサポートシステムの癖に、何なんだこのキャラ付けは。 さっきまで隠れた子猫状態になっていたのに、そんな素ぶりも見せやしない。自由気ままなロロンを羨ましくも思えた。 「どうしてそんな顔で見てくるの?」 「……あのなぁ」 人が真剣に考えているのに、全ての空気をぶち破った事に気づけないようだ。ふんふんと陽気に鼻歌を歌いながら、ふよふよと飛んでいる。これが普通の人間なら、はたき倒しているだろう。ここはグッと堪えながら、ロロンに相槌で合し続けた。 「僕を呼んだからには何か聞きたい事あるんでしょ?」 キュルリンと瞳を輝かせながら、俺の言葉を待っている。急に登場したのはロロンなのに、何故だか俺が呼んだ設定になっている。ロロンを作った人物の思想はどんな形をしているのかとある意味、興味を抱き始めた俺がいた。 「言葉で物語を作るそれがメモリアルホロウだよな。選択肢は出てこないはずじゃなかったか?」 「通常ではね。ハウくんは幸運スキルを持っているから、それが働いたんじゃないかな〜」 いつの間にか俺の事をハウくん呼びに変えている。ロロンに言われると、身震いをしてしまった。身の危険を感じてしまうの何故だろう。 「その呼び方やめてくれ」二十二話 レイングの忠告 いつの間にか閉館時間がきていた。自分で思っていた以上に、集中していたらしい。現実で生きていた時の俺は、ここまで集中した事がなかった。環境が変われば、ここまで変化するのかと、驚いた程だ。 スタスタと部屋へ戻ろうとしていると、ふと中庭に目線がいく。そこには楽しそうに話をしているラウジャとメリエットがいた。どうやら今日の仕事は終わったらしい。彼達が何をしているのかは、分からないが、きっと魔法に関する事だろう。 ラウジャの笑顔を見ていると、安心する。その相手がメリエットと言うのが癪だが、仕方ない。彼にとってメリエットは兄弟子だから、仲がいいのも納得出来る。 それでも二人の親密そうな姿を見ていると、もやもやしてしまう。こんな事に気づかれたら、また弄ばれてしまうに決まっている。 二人とは距離があるが、心の声が何処まで届くかは不透明だ。早く消えろと念じながら、感情を無にしていく。 「くすくす」 「どうしたのですか、メリエット様」 急に笑い出したメリエットを不思議そうな目で見てくるラウジャ。彼には音を聞き分けれない。だからこそ、メリエットは自分の権限のように楽しんでいる。 ラウジャに出来ない事があるのは、珍しい事だった。何なく卒なくこなしていく優等生に勝利した気分が心地よかった。 チラリとメリエットは俺の方に視線を向けると、掌をひらひらと動かした。 あの時のメリエットの様子を思い出しながら、ベッドの上に転がっている。何を考えているのか掴めない、彼の正体を探ろうとしている自分がいた。 別に恋をしている訳ではない。それでも、あの匂いが俺の体に纏わりつきながら、記憶として保管されていく。 がああ、と小さく唸ると、現実を拒否するように頭を掻き出した。一人で抱え込んでいても、何も変わらないのに。 コンコン—— 扉を叩く音で、我に返る。悶えていた自分をかき消すように、身なりを整えると、何事もなかったように、開けた。
二十一話 情報の保管場所 この数日間、慌ただしい日々だった。何処にいてもラウジャとレイングの目が光っていて城の中を自由に動けない状況が続いていたからだ。メリエットが登場した事で、これ以上、他の人が近づかないように、警戒しているように見える。 元々、モテるタイプじゃないのに、そこまで躍起にならなくてもいいと思うのだが、俺の言葉は二人には届かない。 そんな二人を見ていたエンスは、仕事をほっぽり出しているレイングに騎士団副団長として、行動を考えるようにと叱り、ラウジャに対しては俺の世話係を外したと告げた。急な話に二人はショックを受けているようで、渋々と俺から離れていったんだ。 一人の時間も大切だ。メモリアルホロウの事を今以上に知る為には、必要なのだから。沢山の書物を揃えている場所、現代で言えば国家の事を取り扱っている図書館があるが、そこよりも大きい。そこに行くと、見た事のない字で過去の事が書かれている。中には御伽話のような表現をしている書物もあった。視覚から入ってくる文字は読めないが、脳裏の中で変換しながら、語りかけてくれる。こんな機能があるのなら、現実にも欲しいものだ。 一つの本を手に取ると、並べられている椅子に座り、読みふける。いつの間にか時間を忘れて、読書をしている自分が懐かしくて仕方なかった。文章はいつも俺のそばにある。書かれたものは、今まで読んだ事のない話ばかりで、面白く感じている。 「ハウエル、偶然だね。君も読書をしに来たの?」 集中していたのに、水をさされた。物語の中で冒険をしていた俺を呼んだのは誰なんだ。一言、言ってやろうと振り返ると、そこにはメリエットがニンマリ佇んでいる。 「げっ」 つい言葉に出してしまった。出さなくても、彼には心の声が読めるのだから、仕方ないが…… 「そんなに嫌がらないでよ、傷つくなぁ」 「……邪魔をしないでくれ」 「ふふ。何の本、読んでるの?」 ヒョイと顔を覗かせて、内容を確認してくる。俺の顔とメリエットの顔が予想以上に、近づきすぎて、耐えられない。メリエットのス
二十話 三人目の台風 三時間が経過している。寝ていた方がいいのに、結局、言う事を聞かずに、俺の側に痛いと言い張って、俺の部屋へいる事になった。了承した訳でもないのに、婚約したといい張っている二人を見ていると、頭が痛くなっていく。 自分に正直になれば、凄く嬉しい。だけどまだ何も決めていないのに、話だけが進んでいる。それが気に食わない。真面目すぎると言われて、二人に叱られたが、結局は二人は言い合いながら、喧嘩に発展している。 「旦那様は僕のだよ。どうして君にそこまで言われなくちゃいけないんだよ」 「はぁ? ハウエルの婚約者は俺だ。お前の方こそ勝手に決めるなよな」 周りから尊敬されている二人が俺の事で争うなんて誰が考えただろう。止める人は俺しかいない。何回も仲裁に入ろうとしたが、結果は惨敗。次こそ、ちゃんと止めなければ…… 脳裏に起こるエンスの表情が浮かんでくる。ここで粗相をしたら、後がないんじゃないのかと身震いをした。 「……それなら、二人とも婚約者になればいいんじゃないかな?」 ドアが開いていたようで、廊下から誰かの声が響き渡る。その考えがあったかと、腑に落ちた二人は幸せそうに笑い始めた。 「入るよ……」 「「メリエット様」」 紫髪でローブを羽織っている青年がそこにいた。ふんわりと微笑むと、周囲を虜にする魅力を持っている。見た事のないキャラクターの出現に驚きながら、彼のプロフィールを確認する事にした。 画面に情報が映ると、こう書かれている。 【ハウザ・メリエット エリスの弟子の魔術師 ラウジャからしたら兄弟子になる 人の心を虜にする魅了を持っている人材 魔法全般は使用可能 手ぐせが悪く、少しでも好意の匂いがすると、男なら誰でも受け入れる】 新しいキャラクターが追加されたと言う事は、もしかしてラウジャのシナリオを攻略したのだろうか。しかし攻略したとの表記が出てこない。それならこれは一体、どうなってい
十九話 爆弾発言 目を覚ましたラウジャが最初に見たのは、俺の顔だった。それから、ずっと見つめられている。視線を逸らしても、ピクリともしない。まるで魂が抜けているように見えた。 「ラウジャ、大丈夫か? 痛い所は……」 続きを言葉を言う前に、彼が急に抱きついてくる。わんわんと子供のように泣きじゃくりながら、俺の胸元を濡らしていった。 一体、彼に何が起きているのか理解出来ない俺は、焦りながらも、彼の受け皿になろうと必死だった。顔色は悪くない。むしろ血色が戻っている。彼の様子を見ていると、どうやら呪いは秘薬によって消滅したようだ。 「旦那様、旦那様。僕は、僕はっ」 さっきから言っている事が変だ。俺の事を名前で呼ばずに、旦那様と呼んでいる。いつから自分が彼の旦那様になったのかさっぱり、身に覚えがない。 「ちょっと、落ち着こう。ラウジャ、大丈夫だから……俺が分かるか?」 ラウジャが安心出来るような空間を作り出していくと、我に返ったようで、落ち着き始めている。涙を拭くものがなかったから、俺の胸元になすりつけていたけど…… こういう時にハンカチでも持たせとけよ、とこのゲームの制作者に言いたい。伝わる訳ないだろうが、もしこの状況と俺の声を聞いていたら、次からはちゃんとしてほしいものだ。 「すみません、急に泣いてしまって……昔言われたのです、呪いにかかる時が来ると予言がありまして、その呪いを解けるのは将来の旦那様になる人だと……」 どうやら自分が倒れ込んだ事も、全て記憶が残っているらしい。第三者視点で見せられているように、感じていたらしい。それも呪いが原因なのだろうか。 全てを解き明かす事は出来ないが、とりあえず彼を救う事が出来て、安心している自分がいる。あのまま、帰らぬ人になっていたら、後悔しか残らないから、余計にだ。 「ありがとうございます、旦那様」 「……その呼び方はやめて欲しいな」 急に旦那様と言われても、自分に対して言っているようには思えない。俺が言われ慣
十八話 進み始めたストーリー エンスの部屋の中には異空間に繋がる道がある。その奥に簡易的に作られている場所が宮殿と呼ばれている。自然の調和が乱れる時、この宮殿で儀式を行うらしい。エンスはこの国で一、二を誇る魔術師だったのだ。 「帰られましたか、思ったよりも早かったですな」 フォフォフォと笑いながら、俺達を出迎えた。宮殿にラウジャの呪いを食い止める為の術を施しているらしい。エンスの浄化能力は思った以上に、ラウジャの呪いに効果を与えている。一緒にいるだけで、ある程度の呪術を遅らせる事が出来たんだ。 今回の呪いは彼にとっても特別なものの様子。ラストの想いが強すぎて、ラウジャにかかる力が増殖している。二人の事をよく知っているエンスからしたら、どんな手を使ってでも食い止めたい事案なのだろう。 「ラウジャは奥にいる。ハウエル様だけ入ってほしい」 どうやらロロンの事は見えていないようだった。目線で確認するが、どこにもいない。さっきまで一緒に行動していたと言うのに、スンとも言わない。それはレイングも同じようだった。急に消えたロロンは何処に行ったのだろうか。 エンスに見られなくてよかったと言うべきなのだろうか。モヤモヤした気持ちをかき消しながら、コクンと頷き、ラウジャの待つ神殿へと走っていく。 「……レイング様は、ここでお待ちいただけないだろうか」 「ああ」 同行したと言っても、エンスが指名をしたのは俺だけだ。これ以上は踏み込ませてはいけないと彼の前に立ちはだかると、了承するレイングがいた。 これから先は、俺とラウジャのストーリーだ。途中で乱入してきた部外者達には入り込める訳なかったのだろう。 宮殿の中を守るように、風の結界が張ってある。そのままは入ってもいいものなのか分からないが、試しに右手を結界へと近づけた。そうすると、拒絶される所か、待っていたと言わんばかりに、中へと入り込まそうとする。対象者だけが、この結界の中に入り込めるシステムになっているようだ。 「ラウジャ!」
十七話 裏ルート 見る見るうちに光が強くなっていく。どうやら口に出す事で幸運スキルを解放する事が出来たようだった。単純な仕組みに驚きを隠せない二人は笑っていた数分前の自分を隠し続ける。 「ほら、やっぱり俺の考え通りじゃんか」 「……はは」 「なんだか面白くないの〜」 引いている、どうして二人共引いているんだ。自分の考えが正しかった事を証明したのに、この態度はなんだろう。どこか腑に落ちない。 ブロックが山のように積み重なっている場所があった。俺の声で眠りから問い放たれたように、崩れて、消えていく。その中に、一際輝く宝石のようなものが隠されていた。 「なんだ、あれ」 近づいて、手にとってみると、宝石に見えたのは美しく装飾された小瓶だった。中には液体のようなものが入れられている。もしかしてこれが、俺達の探し求めていた秘薬なのかもしれない。そう考えると、画面を切り替えながら、この世界の本の記述を出していく。そこには秘薬レイゼンの記録と絵が描かれていた。小瓶のサイズも装飾も事細かに書いている。殆どの内容が一致していた。それでも、確実なものかどうかは分析してみないと分からない。 「ロロン、お前分析出来るか?」 「出来るよ〜。でも僕はサポート……」 それ以上言われては、レイングに説明するのが大変になってしまう。ある程度の事は、記憶を辿って理解したようだが、細かな所は理解しているのかを知らない。だからこそ、ロロンの言葉を防ぐと、早速分析をさせた。 「これは紛れもない秘薬レイゼンだねぇ〜。これならラウジャの呪いも解けるんじゃないかな〜」 「それなら、ここには用はない。出よう」 「そうだな……しかし重要な事を忘れていないか?」 レイングは来た道を指差しながら、今の状況を教えてくれる。ここに辿り着けたのは秘剣とロロンの力のおかげだ。しかし目標を失った俺達に待つのは、帰り道が分からないと言う現実だけだった。 「いやいや、この力があれば帰れるでしょ」 「帰れるのか?」